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ソクラテスの死

Column

より軽く、より強く、もっと遠くへ

紀元前、世界で最初の飛行機事故は、古代ギリシャ神話に描かれています。

 

王の不興を買ったイカロスとその父ダイダロス親子は迷宮へ幽閉されていた。大工職人である彼らは、鳥の羽と蜜蝋で翼をつくり脱出を試みる。イカロスは飛行に成功したものの、「海面や太陽に近付いてはならない」という父の忠告を無視し、太陽の熱で蝋を溶かして墜落してしまった。

 

残念ながら神話に登場するイカロスは、勇敢であると同時に無鉄砲でした。では、

もしも、イカロスの翼がより軽く、より強かったとしたら。

もしも、イカロスの翼が羽と蝋でつくられていなかったら。

もしも、イカロスの翼が”複合材料”でつくられていた、としたら。

 

複合材料とは、ひとことで言えば「2つの材料を混ぜることで性能を向上させた材料」。一般的に、強度を担保し骨組みの役割を果たす強化材(=繊維)と、それらを結びつけて形づくる母材(=樹脂)の2つを合体させた材料で、炭素繊維とエポキシ樹脂などを組み合わせたCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic)や、ガラス繊維を用いたGFRP(Glass Fiber Reinforced Plastic)などが存在します。たとえばCFRPの場合、鉄よりも小さな密度で鉄よりも高い強度を発揮できるため、軽量かつ高強度を要求される場面では特に重宝されています。そうした背景から、現在では大型旅客機の構造部材の大半はアルミニウムからCFRPに取って代わられ、レーシングマシンやテニスラケットの構造部材としても広く活用されています。

 

さて、もしもイカロスの翼が”複合材料”でつくられていた、としたら。操縦者が無鉄砲な勇者である以上、太陽への挑戦は避けられないでしょう。でも、翼の蝋が溶けてから、翼全体が焼け落ちるまでの時間稼ぎはできるかもしれません。

2024年元旦に発生した事故は、まさにその可能性を示しました。2024年1月4日、日本航空のエアバスA350-900は滑走路上で海上保安庁の航空機と衝突し炎上しましたが、乗務員の迅速な対応と救助活動が幸いし、乗客と乗務員379名全員が脱出に成功しました(一方で、海保機にいた6名は命を落としています)。この事故は、機体表面にCFRPの構造材料を使用した機体ではじめての炎上事故として注目され、乗客全員の脱出にCFRPの難延焼性が寄与したとの分析もあります。

 

つまり、もしもイカロスが翼を複合材料でつくっていたら*、彼の貴重な命は助かっていたかもしれません。

 

航空構造材料研究室では、CFRPを対象とした研究を中心に多様な研究を行っています。安全で快適な空の旅に向けて、航空構造材料と共に。

 

M2 石塚

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